叡尊上人は正応3年(1290)8月25日に90歳で遷化し、27日に西大寺西北の林間で荼毘に付された。その地に営まれた御廟所が当院で、法界躰性院ともいう。門正面に総高342㎝、二重基壇の興正菩薩廟塔(石造大五輪塔)がある。他に第2代慈真和上、第3代宣瑜上人、性瑜上人、第64代泓澄和上、諸長老の五輪塔もある。近世には近在の村墓地として展開した。廟塔北西に江戸時代創建の地蔵堂があり、中央厨子に永正11年(1514)海龍王寺比丘仙算、宿院番匠源四郎の造立になる本尊地蔵菩薩立像をまつる。また村墓地の入口に、角・板の塔婆を用いて建てられた木造瓦葺方一間の室町中期の骨堂(コツンドウ、納骨堂)がある。近年、地蔵堂の裏に阿弥陀堂を創立して納骨廻向を受け入れている。南西に少し離れた所に代々の長老墓もある。